欲しいものは(下)
化生 現行未通過❌
敵里の忍が潜んでいる気配がする!
と言って昴が引きずって来られたのは所謂お化け屋敷で、辺り一帯は薄暗く、黒い垂れ幕とおどろおどろしいフォントで描かれたアトラクション説明がなんとも不気味な場所だった。
さすがにその弁は嘘ではないかと疑って見せたが、自分には分かるの一点張りで聞く耳を持たず、二人は懐中電灯のようなものを渡されて薄暗い通路を行くことになった。
不必要に軋む木の床、まるで外から枠ごと壊してしまおうとばかりにがたつく窓、生温い空気と、時折響くぼそぼそとした低い話声…
「お、おお、思ったより本格的でござるなぁ!?」
「いやお化け屋敷のクオリティどうでも良いアル。それより敵里のって流星言って…」
興味深く懐中電灯で辺りを照らしまくる昴とは違い、流星はお化け屋敷の雰囲気に完全に飲まれているようで、己も懐中電灯を持っているという事を忘れ、ただ昴が照らし出すものを見てはひぃ!とか、わぁ!とか言って跳びあがり、何度となく昴の袖を掴んだ。
やれやれと嘆息してさっさと出口を探すべく、懐中電灯を前方に向ける。
と、目の前にはこれ見よがしに据えられたお棺が。
しかもよく見ると蓋にほんの少しだけ隙間が空いている。
出口を示す看板の矢印が指し示しているのはそのお棺の真横の通路だ、通らないわけにはいかない。
演出でスモークが焚かれているためだとは思うが、足元を冷たい空気が漂って、真っ暗なのにそこだけぼんやりと浮かび上がっているように見えた。
「なにも!ないでござろう!?なぁ、昴!」
「声デッカ。何があるかは分からんけど行くしかないアル」
見るからに恐れ慄いて震える流星が必死に袖を掴んでくるので狭い通路では身動きもしづらく、自然寄り添うような形になってそちらへと歩く事になる。
恐怖心を煽る其れらしいBGMは、演出なのかそうでないのかいつの間にやら止んでいて、周囲は無音の空間に包まれている。
二人の息遣いと衣擦れが妙に大きく聞こえ、慎重に歩く足音が一歩、二歩と緊張を表すように響き渡っていた。
懐中電灯を照らす。
お棺は特に変わったところはない。
出口を指し示す看板も近づいてくるが、初めに見た時と寸分変わらず其処に在り、もうすぐそこだと示している。
もう一歩、二歩。
お棺の前に到達する。
絶妙にずれたお棺の蓋、そこから覗く暗闇の隙間が要らぬ想像を掻き立てる。
どちらかというと昴は冷めた目線といったものだが、段々と袖を握る流星の手の力が強くなり、目に見えて震え出したことで何と無しにこれは怖いものなのだと、見当違いにも今更納得していさえする。
お棺の前を通り過ぎ、最後の通路に入る。
あとに続くのは一本の長い廊下だけのようで、暗く不気味ではあるが細かな仕掛けがない分安心感があった。
良かったな、もう終わりアルよ。そう言って和ませてやろうと首を後ろに向けた、その瞬間。
「あっ」
「―――!!!?なに!!なんでござるかぁぁ!!?」
お棺の蓋が開いていた。
いや、正確にはずらされており、中からいかにも、といった白装束の男が這い出してきていた。
特殊メイクであろうが、顔の大半は溶けて原形を留めておらず、低いうめき声をあげながらゆっくりと、お棺の中からその身を表す。
「わあああああ!!!おばけぇ!!なんまんだぶ!!なんみょうほうれん!はらいたまえー!!」
「一体何の宗派ヨ」
振り返って素っ頓狂な声を上げた昴につられ、思わず同時にふり返ってしまった流星も、あれほど恐怖していたにも関わらず警戒はしていなかったのか、ばっちりとその這い出してくるお化け…のような男を見てしまった。
途端に縮みあがっていた身体を跳びあがらせ、前を歩いていた昴の横を勢いよく走り抜け、あらゆる宗派の念仏―――最終的には念仏ですらない―――を唱えながら出口へと駆け出して行ったのだった。
今の今まで盾代わりにしていた昴を置いて、である。
余りに脱兎の勢いで逃げ出したもので、驚かし役であったお化けの男も逃げ出した流星を追えばいいのか、目の前の昴を驚かした方が良いのか逡巡したらしく、微動だにしない。
やがて両者の間に不思議な沈黙が流れ、ゆっくりとお棺の中に戻っていくのを見届けてから、昴は出口へと歩きだした。
「昴!無事だったでござるか!?」
お化け屋敷の外に出てみると、薄暗い場所から急に晴れ渡った空の下に出たので目がちかちかと眩む。
手慣れたスタッフに懐中電灯を回収されながら見回せば、少し離れた自販機の傍に流星は居り、あとから出てきた昴に駆け寄ると荒くなった息を整えその姿を見上げた。
「無事に決まってるヨ。作りもんで泣きべそかくなんて流星は相変わらずお子様アル」
「なっ、泣きべそなど!!かいておらぬが!!?」
すぐさま否定しては来るものの、その目元は赤くなっており、慌てて拭ったのがまるわかりだ。
真昼より少し時間が過ぎたとはいえ、未だ晴れ晴れと広がる明るい空の下では隠しようも無いのだが。
それでも泣くはずがないと幾度も強気に言い切り、胸を張ってみせるのでこれ以上彼のなけなしプライドを抉るのも…面白そうではあるが不憫かと思い、其処までとする。
それから小さいながらも水上に突入するコースターや、愛らしいカップに乗ってぐるぐる回るアトラクション、ぱちぱちと弾けるソーダとカラフルなゼリーが写真に映えるオリジナルドリンクなどを存分に楽しんでいると、あっという間に空は茜色へと移り変わっていた。
まだ頭の真上は明るい青。
けれど西の空に陽は沈みかけており、朱色に滲む空が残った白雲を照らし、青色と混ざり合って艶やかな桃色の雲海を棚引かせている。
この空が真っ赤に染まれば本の暫しで、今度は暗い夜の帳を降ろし始めるだろう。
突然始まった観光もとい、賀々の里探しだが、そろそろ切り上げて帰路へつかねばなるまい。
「その前に、あれに乗って上から探してみるでござる!」
そろそろと口にした途端再び焦り声を上ずらせたのはやはり流星。
まだ帰ってはいけないと昴の足取りを制して目の前に仁王立ちすると、あれ、と言って此処に来て最も目立っていたもの、大観覧車を指さして見せる。
こういったアトラクションの中では王道の部類であろうが、男二人で乗る物なのだろうかとちょっと気になる。
他の客たちを見ても観覧車へ向かうのは家族連れか、男女カップルくらいのものである。
まあ上から探す、と弁としてはしかと理由も立っているので其処まで否定するものでもないかと了承代わりに頷けば、紺碧色の瞳がパァっと明るく輝いた。
泣きぼくろの所為で余計に目立っていた、赤くなった目尻もすっかり元通りだ。
では早速と観覧車へ歩き出せば、何組もの仲睦まじけなかっプルや、幼い子供を連れた家族とすれ違った。
昴と流星は。
幼馴染で、悪友で、同性のカップルだ。
一体周りにはどう見えているだろう。
どう贔屓目に見ても友人でしかありえないだろう、そんなことは当人たちが一番よく分かっている。
普段からそんなこと気にしはしないが、ふと心に浮かべてしまったのは暮れ行く夕陽が物悲しかったからだろうか。
暗くなっていく空、冷えていく風の温度はまるで終わり、を表しているようだから。
既に帰宅の準備をする客も多い、観覧車の前に行列はなく、すぐにスタッフに案内されて乗り込み口へと踏み入れることが出来た。
その観覧車のゴンドラは最大で四人乗りだが四人乗るには少々狭いかというこじんまりしたもので、年季を感じはするものの、清掃が行き届いているようで清潔感がある。
乗り込んで硬いベンチに対面して座ると、四方を囲んだ大きな窓から暮れ行く空、明かりの灯り始めた街並み、明かりを反射して輝く黒い海がネオンの輝きを放っていた。
目の前に座った流星は初めこそ高い!綺麗!と騒いでいたが、高度が上がり始め、周りの人波が見えなくなる頃には口を噤んだ。
心なしか治ったはずの目尻がまた血色ばんでいる。
夜に溶け込みそうな艶やかな黒髪がさらりと肩に落ちて、その方が所在なさげに、また緊張して強張っているのを教えてくれた。
きつく引き結ばれた唇は薄く、女性のような彩があるで無し。
どれをとっても男性でしかない、しかしその容姿に見とれてしまうと言えば彼はどんな反応をしてくれるだろう、そんなみっともない事、言えやしないが。
「あの、昴…今日は実は、賀々の里探しがメインではなくてでござるな…」
すると、意を決したという風に握りこぶしを作り膝に置くと、再び流星が口を開く。
真っすぐ見つめあげてくる瞳は真剣で、その深い青に吸い込まれてしまいそうだ。
里探しが目的ではなかったなどと、漸く分かり切っていて種明かしをしてくれるのだと気づいて次の言葉を待つが、中々上手い言葉が見つからないのか、それとも今更尻ごんでいるのか容易に答えを得ることは出来ない。
カタカタ、カタン。
ゴンドラはゆっくり、ゆっくりと空へと昇り、辺りを静けさが包む。
夕暮れから夜へと変わる、藍色のグラデーションを惜しげなく塗りたくった空。
「俺の誕生日を祝うつもりじゃないネ?」
「…!気づいてたでござるか…」
膝も触れあいそうな距離、詰まる息の温度すら感じ取れそうな…んな空間で沈黙を保つことも難しく、思わずそうでなかろうかと予想していた日取りの事を口にすれば、流星は目を真ん丸にして驚いた。
「最初は本当に分からなかったアルが妙に…デートらしい事にこだわるなと思ったアル」
「う、うう…作戦が明るみに出ていたとは恥辱の極み…」
確かに初めこそ分からなかった。
いつも通りの気まぐれ、唯の遊びに誘う口実だと思っていた。
けれど二人の好きそうな食事を思う存分食し、アトラクションに乗って楽しみ、共に恐怖し、共に笑って、極めつけに二人っきりの観覧車、なんて。
余りにデート『らしさ』が過ぎる。
友人同士ではやらない事かと言えばそうでもないだろうが、昴と流星の間柄なのだ、それは勿論、前者の考えをもって計画したことくらい予想がつく。
それにしても、誕生日を祝いたいなら素直にそう言えばいいものを、何を一日かけて…更にはこうして目の前にいるのにもじもじと言いあぐねているのか。
いよいよ意味が分からなくて首を傾げる。けれどその答えについてはすぐに本人がしどろもどろに話し始めたので解決に至った。
「プレゼントが…思い浮かばなくて…今日何か欲しそうなものが今日見つかれば、さりげなくプレゼントしようと…思ったんでござるが…」
つまり、自然と普段通りに遊んでいると見せかけ、何か気になるものがあるという素振りを見せたらこっそりと購入し、誕生日おめでとう!とサプライズのお祝いにするつもりだったということらしい。
それが元々物欲も少ない質の所為か、一日を通してこれといった欲も見せず、プレゼントを結局買いあぐねてしまい、こうして時間が経ってしまったようだ。
ゴンドラが上に上がるにつれ喧騒から離れ、輝き始めた星空が近くなる。
だって、と口を尖らせる流星は年の割に幼く、けれど素直な性格そのものを表しているようで非常に愛らしい。
非日常的な閉鎖空間、どう足掻いてもロマンチックな景色と雰囲気に、煽られたのかもしれない。
普段だったら睦まじい言葉や仕草などくすぐったくて施せやしない。
けれど、今だけなら、なんて。
ガタン。
ゴンドラが丁度観覧車のてっぺんへと差し掛かる。
すっかりと陽の落ちた空は暗く、眼下の輝くネオンが眩しい。
反射する海は優しく漂い、耳をすませばどこか遠い喧騒とさざ波。
立ち上がり、反対側の背もたれに手をつく。
もしかしたら外から見れば、このゴンドラは片方に傾いているのかもしれない。
「プレゼントなら、これで十分アル」
吐息が重なり、睫毛が触れあう。
唇が、重なった。
「……!!は、恥ずかしい事…するで、ござるな…」
昴の不意打ちに、流星はかっと頬を染めて掌で顔を覆う。
覆ったとて、指の隙間から覗く頬は真っ赤であり、それどころか耳まで赤かった。
目を凝らせば上気した湯気も見えてきそうなものだが、気障な事をしてしまったと実は自身も少々照れ臭かったため、目を逸らして鼻を鳴らしておく。
ゆるゆると下がっていくゴンドラ、近づいていく街並み。
日常に戻っていく、それすらも気恥ずかしく、もう少しだけこの観覧車、ゆっくり回ってくれないかなんて心の内に願いながら。
ゴンドラの扉が開かれたとき、妙にそそくさと早足で出て行った男性二人組がいたとかいなかったとか。
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「(これで…接吻でいいなんて、顔に似合わず可愛い事を言うもんでござる…)」
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『これ』
と指示したものが、唯の唇ではなかったこと。
流星は果たしていつ、気づくことになっただろう。
少なくとも帰りのハンドルを握られ、その車の向く方向が真っすぐと自宅ではなく、ギラギラとあからさまに淫靡なネオンで照らされる高速道路脇のビル群に突っ込んでいったその時でさえ、気づいてはいなかっただろう。
「欲しいものは、お前、アル」
#化生異説
(10147字)
Happy Birthday ! Akiharu + Morotsuyoshi
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